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真明魂 師範ブログ 空手歴史(2) 「空手発祥の地」

「空手発祥の地、琉球の精神」

琉球の国は、長い年月に渡り
内戦が繰り広げられていました。
それにより沢山の犠牲を
伴いました。

15世紀の後半、尚真王は
「人を傷つける武器を持たない」
精神で、琉球国を統一しました。

その後琉球国は、
明治政府の廃藩置県までの
約450年間続きました。

「決して他人を傷つけない心」が、
空手発祥の地、琉球の精神です。

琉球の伝統武術「ティー(手)」
には、士族の首里手、
農民の那覇手、
港町人の泊手と
大きく分けて三種類の
「ティー(手)」が
存在しました。

古くから中国大陸との交流があり、
中国拳法の影響も受けて
いましたので、
総称して「トゥディー(唐手)」
と呼ばれていました。

代々一子相伝で「ティー」は
秘密裏に家宝として、
代々伝えられていました。

首里手は、武器での攻撃を
想定して、間合いと体捌き
を重視して発展しました。

那覇手は、肉体労働に必要な
体力を強化する為に、
身体の鍛錬を重視して
発展しました。

泊手は、船上や港での戦いを
想定して、海に放り投げる技を
重視して発展しました。

江戸時代に入り琉球は、
薩摩藩の侵略を受けました。

琉球王は琉球の民を守る為に、
武器を持たない政策で
薩摩藩との戦争を避けました。

薩摩藩の侵略により、
これまで一子相伝を守っていた
「ティー」の交流が盛んに
なりました。

こうして琉球では、
一人が複数の師から
様々な「ティー」を習う習慣に
なりました。

今の常識が、必ずしも正しい
とは限りません。

現代人の勝手な思い込みで
過去の歴史が捻じ曲げられて
いるかも知れません。

今の世界の情勢も
片方の言い分だけを鵜呑み
にしているかも知れません。

見方を変えたら、まったく
違う世界が見えてきます。

いろんな角度から物事を
見ることを武術では
「観の目」と言います。

他人の意見ではなく、
自分の意見を堂々と語れる
人になりたいですね。

【真明流アカデミー】真明魂
知多半島の阿久比町を中心に
空手教室をやっています。
武術の極意秘伝の身体操作を
研究開発しています。
3才から60才代まで幅広い年齢が
空手を楽しんでいます。

真明流合氣空手術 
総師範 飛龍(ヒリュウ)

真明流アカデミー 
事務局 0569-59-0652

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